アジア乾燥地帯の砂漠化防止・緑化支援としての送粉ハナバチ類 

                       多田内 修

 

. 研究組織

研究代表者

多田内 修

(九州大学 大学院理学研究院 特任教授)

研究分担者

宮永 龍一

(島根大学 生物資源科学部 教授)

研究分担者

村尾 竜起

(九州大学 大学院理学研究院 学術研究員)

2. 研究成果の概要

野外調査

(1) 2012年8月26日〜9月5日

調査地域: ウズベキスタン

 最初にタシケントに入り、タシケントから飛行機でブハラ、その後、車を借り上げ、ブハラーカザフスタン国境アイダルコル湖ーキジルクム砂漠ーサマルカンドータシケントータシケント郊外キルギスタン国境を調査した。低地で気温は40ーを超える砂漠、半砂漠地域のため、開花植物は多くなかったが約550個体のハナバチ類を採集することができた。特に半砂漠の緑化植物として注目されているTamarix (ギョリュウ科)は各地で開花が見られ、6カ所で調査、約200個体を採集した。

調査参加者:

多田内 修(九州大学)

宮永 龍一(島根大学)

 

(2)2013年5月3日〜5月29日

調査地域: カザフスタン、キルギスタン

 カザフスタンのアルマテイに入ったのち、陸路でキルギスタンのビシケクに着き、車を借り上げて、20日間キルギスタン国内を調査した。琵琶湖の9倍あるイシククル湖の一周調査のほか、カザフスタン国境付近、天山山脈を超え中部のナルイン周辺での調査、ビシケク近郊の国立公園(アルアルチャ、コイタッシュ、イシクアタ)等で採集を行い、約2500個体のハナバチ類を採集することができた。キルギスタンは山岳地域のため、カザフスタンとは異なる種が分布しているのではと期待していたが、今回の調査で、春季はカザフスタンとほぼ同様の種が採集された。

調査参加者:

多田内 修(九州大学)

宮永 龍一(島根大学)

村尾 竜起(九州大学)

 

(3)2013年8月25日〜9月2日

調査地域: キルギスタン

 主としてキルギスタンの北部を中心に調査を行った。キルギスタンの首都ビシケクに入国後キルギスタンの国立アグラリアン大学のOrozumbekov教授を訪問しハナバチ類の研究協力について懇談し、キルギスJICA事務所を表敬訪問した。翌日から借り上げた車で、ビシケク近郊の国立公園2カ所、イシククル湖北岸の国立公園2カ所で調査し約500個体のハナバチ類を採集することができた。5月の調査に比べ採集個体数は少なかったが、これまであまりとれていない種が多かった。

調査参加者:

多田内 修(九州大学)

宮永 龍一(島根大学)

村尾 竜起(九州大学)

 

(4)2013年6月3日〜6月25日

調査地域: キルギスタン

 往復ともカザフスタンのアルマテイ経由でキルギスタンに入出国し、首都のビシケクで運転手付きの車を借り上げ、中南部の山岳乾燥地域(天山山脈、イシククル湖他)で訪花性昆虫類の調査を行った。特にハナバチ類については、花上での見つけ採り、すくい採りを行い、2,466個体のハナバチ類を採集することができた。宮永教授(島根大)は各地でハナバチの巣を発見し、巣を掘り出し、営巣習性等の生態調査を行った。

調査参加者:

多田内 修(九州大学)

宮永 龍一(島根大学)

村尾 竜起(九州大学)

 

成果の概要

アジア乾燥地域のハナバチ類の多様性

 動物の分布は世界で旧北区、エチオピア区、東洋区、オーストラリア区、新北区、新熱帯区の6つの動物地理区が提唱されている。日本は南西諸島が東洋区、他の日本本土は旧北区に属する。この動物地理区はさらに細かく分割され、旧北区では日本本土が含まれる日華亜区のほか、ヨーロッパ・シベリア亜区、トルクメン亜区、地中海亜区の4つに分かれる。我々の調査地であるカザフスタンやキルギスタンとその周辺の中央アジアは大部分がトルクメン亜区に入っている。つまり、日本とはかなり異なった動物がいるということである。ヒメハナバチ科ヒメハナバチ属は世界で約1500種を含む大属で、旧北区は最も種数が多く930種以上が報告されている。これまで中央アジアから記録された100種余りのうち、日本との共通種は、わずかに4種、韓国とは2種のみである。中国との共通種もいまのところあまり多くなく12種しか知られていない。中国とカザフスタンの国境近くにはタクラマカン砂漠や天山山脈があり、これらが地理的障害になっている可能性がある。新疆ウイグル自治区の北部は車で国境を楽に行き来でき地理的障害はあるとは思えないが、北部になるとヨーロッパ・シベリア亜区の区域になる。ヨーロッパ大陸の昆虫は、氷河時代にヨーロッパアルプスやピレネー山脈が東西に横たわることから暖かい南ヨーロッパに南下できずに多くが絶滅した。その後地球が暖かくなった時期には、一部の昆虫はヨーロッパ南部からも北上したが、大部分は東のアジア地域、特にシベリア方面から多くの種が入り込んだと言われる。その結果、ユーラシア大陸の北部にまたがる広大な地域が、動物地理区上ではヨーロッパ・シベリア亜区となって共通種が多いのである。我々の採集したカザフスタンのヒメハナバチ属について、周辺地域との共通種を調べるとヨーロッパとの共通種は、37種でもっとも多く、ウズベキスタン22種、コーカサス22種、地中海15種、タジキスタン14種、トルクメニスタン9種であった。もちろんまだこの地域のハナバチ類の多様性の研究は十分にできていないが、現状ではトルクメン亜区のハナバチ類はヨーロッパとの共通性が高く、さらにこの地域独自の固有種が多く含まれるということであろう。カザフスタン北部はヨーロッパーシベリア亜区に属することから、この傾向は考えてみれば当然のことと言えるかもしれない。また日華亜区との共通性がかなり低いという特徴がある。

 中央アジアは世界でもハナバチ類の多様性の高い地域の一つと言われており、その多様性研究には世界から注目が集まっている。しかし、これまでの調査をふりかえり中間的な感想を言えば、多様性は思ったほど高くないのではないか、と考えている。乾燥地域、広大な草原ということで、ハナバチ類の多さは予想できるし、確かに個体数は圧倒的に多い。我々がこのプロジェクトでこれまで採集したハナバチ類の個体数は3万個体に近い。日本でハナバチ類の発生する4月から10月までの7ヶ月間に10日おきに定期調査を行うと、地域によって多少の違いはあるが通常約3000個体が採れる。中央アジアでは、わずかな調査回数だけで日本で1年で採れる個体数の10倍が採集されているのである。如何に個体数が多いかが想像できるよう。2013年までの中央アジアプロジェクトで採集したハナバチ類標本はすべてBeeCAsia という標本データベースに登録している。まだすべての種が同定できたわけではないが、大属のヒメハナバチ科ヒメハナバチ属やコハナバチ科コハナバチ属などをみてみると、優占種と考えられる一種の個体数がとんでもなく多いのである。群集の多様性を測るもっとも簡単な尺度は、種の豊富さと個体数の種間配分である。前者は種密度、すなわち一定面積当りの種数で種密度とも言われる。一方後者は種数が多くても、そのうちの1種または数種の個体数が非常に多く残りの種の個体数が少ない場合と、同じ種数でどの種の個体数もほぼ等しい場合には、後者の方が高い均衡性を持ち、より複雑な群集ということになる。我々のデータでは、ヒメハナバチ属の種が3,768個体採れているが、そのうち優占種であるAndrena flavipes 1,111個体(29%)、また、コハナバチ科コハナバチ属の種が14,562個体採集されたうち、優占種のLasioglossum marginatum 10,307個体(71%)であった。コハナバチ属で第2、第3に多い種は、L. algirum 690個体(5%)とL. xanthopus 221個体(2%)であった。つまり、中央アジアではハナバチ類の個体数は非常に多いが均衡性はあまり高くないと思われるのである。

 

アジア乾燥地域のハナバチ類の分類と生態

 ハナバチ類は7科が知られている。中央アジアのハナバチ類は、ロシアの研究者モラビッツ以降、散発的な研究は行われてきたが、十分な調査が行われておらず、広大なユーラシア大陸温帯の中では研究の空白地帯となっていた。ソ連崩壊後は比較的調査もやりやすくなったのを機会に、我々は2000年の予備調査からこの地域への調査を開始した。2013年までの調査で得られたハナバチ類の総個体数は、28,688個体で、そのうち最も個体数の多かった科はコハナバチ科で19,002個体であり、採集個体数全体の66%を占め圧倒的な数を占めている。次がヒメハナバチ科(3,828個体、13%)で、以下、ミツバチ科(3,426個体、12%)、ハキリバチ科(1,342個体、5%)、ムカシハナバチ科(952個体、3%)、ケアシハナバチ科(24個体、1%)の順であった。緯度の近い北海道のハナバチ相と比べると、コハナバチ科の占める比率が高く、ミツバチ科が少ないのが特徴であった。これはマルハナバチ属の個体数が少なかったためと考えられる。また属レベルで個体数の多かったのは、コハナバチ科コハナバチ属 Lasioglossum 14,562個体(51%)、ヒメハナバチ科ヒメハナバチ属 Andrena 3,768個体(13%)で、この2属で全体の64%を占めた。ともに温帯のハナバチ類の中では種数、個体数ともに最も多いグループである。アジア乾燥地帯の半砂漠植物の送粉にはどのようなハナバチがかかわっているのであろうか。代表的な3つの植物について、その訪花ハナバチ類を調べてみた。半砂漠化地域で緑化植物として注目されているギョリュウ属 Tamarix(ギョリュウ科)(図1)は、乾燥や塩類にも強く、ユーラシア、アフリカの半砂漠地帯に分布し、約90種が知られ、中国では17種が報告されている。

図1 ギョリュウ









  図1 ギョリュウ

この植物に訪花したハナバチ類は、ムカシハナ バチ科のメンハナバチ Hylaeus20%、その花の採集総個体数に占める割合、以下同)、コハナバチ科の Nomioides15%)、HalictusSeladonia 亜属)(10%)が上位を占めた。ギョリュウは4月から9月頃まで断続的に開花し、季節によっても地域によっても送粉者は多少異なる。中国新疆ウイグルでの上位送粉者はNomioides, HalictusSeladonia 亜属)、コハナバチ属 Lasioglossum、カザフスタンではHylaeus, Lasioglossum、ウズベキスタンではハキリバチ科のハキリバチ属 Megachile、コハナバチ科のNomiapis の順でそれぞれが上位を占めた。また、5月下旬から6月中旬にかけて草原に広大に広がるセイヨウアブラナでLasioglossum54%)、Andrena35%)が上位を占めた。また、乾燥地に多いマメ科sp. では、Andrena41%)が主要な訪花ハナバチであった。前述のギョリュウについては意外な訪花者、送粉者が浮かび上がってきたと言える。コハナバチ属やハキリバチ属を除き、全体としての採集個体数が多くないハナバチ類が、この植物への特異的な訪花を行っていることがわかった。ハナバチ類はその発生期と植物の開花との同時性が狂うと生存の危機につながることから、一般に特定の花や狭い範囲の花を訪花する狭訪花性の種は少ない。発生した時期に開花している植物を効果的に利用するためには広訪花性の方が有利であるからである。特に温暖化が進む今日、特定の生息地や特定の植物を訪花する種は絶滅の危険にさらされている。半砂漠化地域には特異な植物やそれに特異的に訪花するハナバチ類も多いと予想される。われわれはそのような植物ハナバチの相互関係を今後も明らかにしていきたい。巣の構造と営巣習性については、別報告(宮永、2015)。


人為的撹乱と過放牧がハナバチ類に及ぼす影響

我々の第3次海外調査ではキルギスタンの天山山脈山中で調査を進めたが、大草原の発達しているカザフスタンと違い、山岳国であるキルギスタンは草原が少なく、その少ない草原は羊、牛、馬、ヤク(図2)の過放牧の影響が極端に現れ、草丈が数pの平原や斜面となっており、開花植物が食われて少なくなり、ハナバチ類も多くなかった。過放牧により、草原の植物と訪花性昆虫類の多様性が減少し、その結果、土地が痩せ、乾燥地化、半砂漠化のプロセスが進んでいるのを直接目で確かめることができた。中部のナルイン西部、イシククル湖南部は特に乾燥地化が強く現れ、半砂漠化していた。ただし、刺のある植物(アザミ、マメ科、バラ科、ヒツジグサ他)(図3、4)は家畜の摂食から逃れ生育し、また牧草用のマメ科植物イガマメの栽培(図5、6)が盛んで、かろうじてこれらの植物が訪花性ハナバチ類の維持に貢献していた。しかし、これらの植物に訪花するハナバチ類の種数は多くはなく、明らかに多様性が減少していた。













  図2 過放牧
 

 

                      
 
図34 家畜の摂食から逃れ生育する刺のあるマメ科植物
 

   
 図5
6 ハナバチの個体群の維持に貢献する牧草用のマメ科植物イガマメの栽培

 草原は長い間農耕と放牧のために利用されてきたが、近年生物多様性の維持においてその価値が認識されてきている。害虫防除でも近年は総合的生物多様性管理という考え方が提唱され始めている。管理草地は伝統的に、高い生物多様性と絶滅危惧種を多く含むことによって特徴付けられてきた。しかし、草原の過度の利用は、生物多様性と生態系機能を減少させている。過放牧は草原の植物群落構造、バイオマス、種構成を変化させ、送粉者を減少させている。全体的には、放牧強度と期間、草食動物の種(シカ、ヤギ、羊、牛、ヤク、等)、生息地のタイプがハナバチ群集への影響の程度を決定している。過放牧が強い地域では、ハナバチ類が減少していることが世界各地で報告されている。英国では過放牧が無脊椎動物の減少を引き起こしていることがよく知られている。マルハナバチは農業環境の健全性を評価する上で好ましい生物的指標種とされている。中国の四川省宏源周辺で行われたチベット人によるヤクの集中的な放牧によるマルハナバチの減少研究(Xieほか、2008)がある。研究の結果、夏の過放牧が植物の丈の高さを低くさせ、マルハナバチ訪花植物とマルハナバチの多様性を大幅に減少させていることが明らかになった。また、過放牧によるモンゴル草原の劣化も世界的に関心を集めている。モンゴル草原での生物多様性の相互作用の一例として、放牧が送粉に及ぼす影響を明らかにした研究がある(Yoshihara ほか、2008)。研究の結果、過放牧の調査地では、カブムラサキなどの荒地植物のみが過放牧から生き残り、送粉者がこれらの植物に集中し、その結果送粉者とのアンバランスな強い結合をもつ単純な植生ができた。中間的放牧調査地では、羊やヤギが主に放牧され、そこでは選択的に草本植物が食べられていた。その結果、昆虫による送粉植物相が劣化し、送粉者も減少した。過放牧は生態学的機能を弱め、草本植物相の貧困化と、その結果として広い範囲にわたって送粉機能が弱体化していることを示した。さらに、過放牧は総相互作用を減少させ、採餌から逃れた少数の植物とハナバチの関係のみが強化されたと結論している。このように、放牧の管理強度が増加するに従い種の多様性が減少するため、管理強度を軽減させることが、生物多様性の長期的な保全のためのツールになるとされている。Kruess & Tscharntke2002)は、放牧強度の異なるドイツの3つの草原で植物相や動物相の多様性を分析し、草原の放牧強度を減少させると、蝶の成虫、孤独性ハナバチ類、スズメバチとその天敵の数が増加すると報告している。過放牧は植物昆虫の相互作用を崩壊させ、昆虫群集に大きな影響を与える。放牧地と数年間の未放牧地をモザイク状に広範囲に配置することが、生物多様性と相互作用の強度を維持する好ましい手段であると考えられる。

 

おわりに 

 放牧に対するハナバチ類の反応については、単純に減少するわけではなく、放牧強度と持続期間、草食動物の種類とその摂食習慣、ハナバチ種の生活史等によって変化するようである。従って、ハナバチ類の保全のためには、十分な生態学的調査が必要であり、その上にたった保全のための提言がなされることが望ましい。そのためには当然のことながら群集生態学、あるいは送粉生態学の基礎となる正確な種の同定が必要であり、その発展の基礎を固めるためにも、我々はハナバチ類の多様性の研究を確実なものとしていきたいと考えている

 

参考文献

Biesmeijer, J. C. et al., 2006. Parallel declines in pollinators and insect-pollinated plants in Britain and the Netherlands. Science,313 (5785): 351-354.

Ghazoul, J., 2005. Buzziness as usual? Questioning the global pollination crisis. TRENDS in Ecology and Evolution, 20 (7): 367-373.

Kruess, A. & T. Tscharntke, 2002. Grazing intensity and the diversity of grasshoppers, butterflies, and trap-nesting bees and wasps. Conservation Biology,16(6): 157-1580.

Michener, C. D., 2007. The Bees of the World (2nd ed.). Johns Hopkins University Press. Baltimore and London.

Minckley, R. L., 2013. Maintenance of richness despite reduced abundance of desert bees (Hymenoptera: Apiformes) to persistent grazing. Insect conservation and diversity, 1-11.

Ollerton, J., R.Winfree and S. Tarrant, 2011. How many flowering plants are pollinated by animals? Oikos, 120: 321–326.

Tadauchi, O., 2005. Field studies on wild bee fauna and pollination biology for combating desertification and planting campaigns in Asian arid areas: A report for the year 2000 to 2004. Esakia, (45): 1-8.

多田内修 2006.第2章 ハナバチたちのアジア. 昆虫たちのアジアー多様性・進化・人との関わり,九大出版会, pp.41-69.

多田内修 2015. 第7章 アジア乾燥地帯の砂漠化防止・緑化支援としての送粉ハナバチ類. RIAE叢書 砂漠化防止, (印刷中)