. 研究組織

研究代表者

多田内 修

(九州大学 大学院農学研究院 教授)

研究分担者

宮永 龍一

(島根大学 生物資源科学部 助教授)

研究分担者

幾留 秀一

(鹿児島女子短期大学 教授)

研究分担者

紙谷 聡志

(九州大学 大学院農学研究院 助教授)

研究分担者

小島 弘昭

(九州大学 総合研究博物館 助手)

研究分担者

湯川 淳一

(九州大学 名誉教授)

(海外共同研究者)

Vitaly Kastcheev

(カザフスタン科学院動物研究所 教授)

(海外共同研究者)

Roman Jashenko

(カザフスタン科学院動物研究所 助教授)

(海外共同研究者)

Huan-li Xu

(中国農業大学 助教授)

(海外共同研究者)

Zeqing Niu

(中国科学院動物研究所 助手)

(海外共同研究者)

Deng-yuan Wang

(中国新彊農業大学 教授)

(研究協力者)

アーマトジャン ダウット

(九州大学 農学部 学術特定研究者)

(研究協力者)

三田井 克志

(九州大学 大学院生物資源環境科学府 博士課程)

(研究協力者)

村尾 竜起

(九州大学 大学院生物資源環境科学府 博士課程)


2. 研究成果の概要

野外調査

野外調査は2000年にカザフスタン、キルギスタンで予備調査(私費)を行い、カザフスタン科学院動物研究所と共同研究の実施で合意した。2002年より2004年に本科学研究費で計4回の現地野外調査を行った。2003年にはSARS問題が起こり、当初計画していた中国の現地調査を安全面から断念し、2003年以降主としてカザフスタンにおいて現地調査を実施した。

(1) 2000年5月23日〜31日. 予備調査(私費)

調査地域: カザフスタン、キルギスタン

Kazakhstan (Almaty and suburbs) - Kyrgyzstan (Bishkek, Ysykata) - Kazakhstan (Almaty and suburbs).

調査参加者:

多田内修 (九大)

幾留秀一 (鹿児島女子短大)

Dawut Ahmatjan (九大)

 

(2) 2002年8月19日〜9月13日. 本調査開始

調査地域: 中国新疆ウイグル自治区、カザフスタン

8月22日〜28日:中国新疆ウイグル自治区

Urumuqi-Turpan-Kuitun-Yining-Sayram Lake-Kuitun-Jeminay-Altai-Urumuqi

8月31日〜9月8日:カザフスタン

Almaty-Big Almaty Lake-Kurday-Taraz-Jabagly-Akusu Valley-Almaty

調査参加者:

多田内修 (九州大学)

幾留秀一 (鹿児島女子短期大学)

宮永 龍一(島根大学)

Dawut Ahmatjan (九州大学)

村尾 竜起(九州大学)

Wang DengYuan (新疆農業大学 Urumuqi)

Niu ZeQing (中国科学院動物学研究所, Beijing)

Vitaly Kastcheev (カザフスタン科学院動物学研究所, Almaty)

Roman Jaschenko (カザフスタン科学院動物学研究所,Almaty)

1. カザフスタン、キルギスタン、中国新彊ウイグル自治区での野外調査地域

 

(3) 2003年5月23日〜6月20日

調査地域: カザフスタン

Almaty-Jabagly-Chimkent-Otrar-Kentau-Mts.Karatau-Janatas-Jarekbas-Akbastau-

Jabagly-Akus Valley-Almaty-Big Almaty Lake

調査参加者:

多田内修 (九州大学)

宮永 龍一(島根大学)

紙谷 聡(九州大学

三田井克志(九州大学)

Vitaly Kastcheev (カザフスタン科学院動物学研究所, Almaty)

Roman Jaschenko (カザフスタン科学院動物学研究所, Almaty)

 

(4) 2003年8月19日〜30日

調査地域: キルギスタン

Bishkek-Ala Archa-Ysyk Ata-Bishkek-YsykKol Lake-Karakol-Bishkek

調査参加者:

多田内修 (九州大学)

湯川淳一(九州大学)

宮永 龍一(島根大学)

山口大輔(九州大学)

我那覇智子(九州大学)

 

(5) 2004年4月26日〜5月24日

調査地域: カザフスタン

Almaty-Kordai-Jabagly-Chimkent-Chordara-Lake Charbarinskoe-KyzylkumDesert-Syrdarya River-Mts. Karatau-Jabagly-Taras-Karatau-Janatas-MuyunkumDesert-Kumozek-Moyenkum-Chu-Cordai-Almaty- Kapchagay-Ili riverside-Almaty-Medeu.

調査参加者:

多田内修 (九九州大学)

宮永 龍一(島根大学)

村尾 竜起(九州大学)

Roman Jaschenko (カザフスタン科学院動物学研究所, Almaty)

 

有力送粉(花粉媒介)昆虫類の探索、生息状況のモニタリング、生態調査

学術調査は主として、カザフスタンのキジルクム砂漠、ムユンクム砂漠、サルイイシコトラウ砂漠及び中国新彊ウイグル自治区のジュンガル盆地の4つの砂漠で実 施し、訪花性昆虫の花ごとの見つけ採り、すくい採りによる採集を行い、特にハナバチ類については訪花植物の調査、営巣習性の調査を行った。採集した標本類 はカザフスタン科学院、中国科学院の許可を受け各研究者が日本に持参し、訪花性、営巣習性の生態的資料のとりまとめを行った。砂漠植物の開花期の5-6 月に実施した調査では、予想以上の膨大な数のハナバチ類が発生して送粉に関与しており、アジア温帯乾燥地域で植物の送粉にはたすハナバチ類の重要性を確証 することができた。5回にわたる現地調査の結果、半砂漠化地域において優先的で送粉に有力と思われる下記のハナバチ類を発見し、その巣の構造を含む生態研 究を行った。

2. 中国新彊ウイグル自治区で発見された、キク科砂漠植物への有力送粉ヒメハナバチの新種、
          Andrena (Euandrena) almas.
の成虫と地中の卵.


ヒメハナバチ科Andrenidae

(1) Andrena (Euandrena) almas, new species

調査地:Jeminay, Xinjiang Uygur Autonomus Region, China;調査年:August, 2002;送粉植物:Chondrilla brevinotris (Compositae)

 北米産の Perdita maculigera maclipennis で報告があるものの (Michener & Ordway, 1963)、著者自身が発掘時に育室を見落とした可能について示唆している(Michener, 2000)。Andrena (Euandrena) almas は、現在のところ唯一確実な単育房制(1本の坑道の末端にただ1つの育室を作製するタイプ)ヒメハナバチである。メスはやたら多くの巣を造らねばならないが、掘りやすく崩れやすい砂地では、そのほうが好都合なのかもしれない。(Tadauchi, Miyanaga and Dawut, 2005


コハナバチ科
Halictidae

(2) Halictus senilis (Eversmann)

調査地: KyzylkumDesert, Kazakhstan;調査年: May, 2004;送粉植物: 同定調査中

 巣孔は深さ30cm程度で、育室は全部で15個、坑道沿いの比較的狭い範囲に集中していた。育室群の上部から下方へ向かって、短い分岐坑が掘られており、コハナバチ特有の「育室群空洞」の形成過程にあるようだ。育室内の幼態ステージは卵〜蛹まで幅広く、しかも卵〜孵化直後の若齢幼虫と、摂食後の老齢幼虫〜蛹の2群に分かれていた。これは営巣中に産卵が比較的長期にわたって中断したことを示している。(Miyanaga, Tadauchi and Murao, 2006

(3) Halictus sp. 1

調査地: Daubaba, Kazakhstan;調査年: June, 2003;送粉植物: 同定調査中

(4) Halictus sp. 2

調査地: Kamsomolskoe, Kazakhstan;調査年: May, 2004;送粉植物: 同定調査中

(5) Halictus sp. 3

調査地: Syrdaria Riverside, Kazakhstan;調査年: May, 2004;送粉植物: 同定調査中

(6) Halictus sp. 4

調査地: Jabagly, Kazakhstan;調査年: June, 2003;送粉植物: 同定調査中

(7) Lasioglossum sp. 1

調査地: Almaty, Kazakhsta;調査年: May, 2004;送粉植物: 同定調査中


ハキリバチ科
Megachilidae

(8) Megachilinae Gen. et sp. 1

調査地: KyzylkumDesert, Kazakhstan;調査年: May, 2004;送粉植物: Alhagi pseudoalhagi (Leguminosae)

(9) Megachilinae Gen. et sp. 2

調査地: KyzylkumDesert, Kazakhstan;調査年: May, 2004;送粉植物: Alhagi pseudoalhagi (Leguminosae)

(10) Megachilinae Gen. et sp. 3

調査地: Murunkarak, Kazakhstan;調査年: May, 2004;送粉植物: 同定調査中


ミツバチ科
Apidae

(11) Anthophora sp. 1

調査地: Jabagly, Kazakhstan;調査年: June, 2003;送粉植物: 同定調査中

(12) Anthophora sp. 2

調査地: Almaty, Akus-Javagly, Kazakhstan;調査年: June, 2003;送粉植物: 同定調査中

 

図3.中央アジア産ハナバチ類の巣の構造(左:Andrena almas; 右:Halictus senilis)(宮永原図)

 


野生ハナバチ相の調査、系統分類学的研究および生物地理学的研究

 ロシアの探検家フェチェンコ(18441873)は1869年から1871年まで3年、計3回にわたって、サマルカンドから東の現在のウズベキスタン、タジキスタン、キルギスタン西部、カザフスタン南部を踏破し、膨大な昆虫標本を採集してロシアに持ち帰った。 彼は探検後間もなく亡くなったが、そのコレクションをもとに、「フェチェンコのトルキスタン探検」(1876)と題する2巻の大著が発刊されている。ハナバチ類についてはF. Morawitz36438種を中央アジアから記録し、その大部分を新種として記載している。そのタイプ標本は幸い現在サンクトペテルブルクにあるロシア科学院動物学研究所にほとんど保存されている。F. Morawitz後は、ハナバチ類では各分類群で散発的な調査や研究が行われているが、中央アジアでの大きな調査は実施されてこなかった。 本研究では、カザフスタン、キルギスタン、中国新彊ウイグル自治区での、計5回の現地野外調査により、砂漠植物に送粉する野生ハナバチ類約30,000個体を採集し、ラベル付けが終わり標本作製が完了した。 一般に昆虫類は熱帯地域で多様性が高いが、ハナバチ類は乾燥地域に適応した昆虫群 (Michener, 1979, 2000) 、アジアでは温帯乾燥地域がもっとも多様性が高いと考えられている。 旧北区のハナバチ類の研究はヨーロッパのほか、近年東アジアでも研究が進み、唯一最も多様性の高いと考えられるアジア温帯乾燥地域についは、これまで昆虫相の調査プロジェクトの実施がきわめて少なく、研究の空白地帯になっていた。今回、カザフスタン科学院動物研究所(アルマテイー)および中国科学院動物研究所(北京)との共同調査研究の実施により、膨大な数の野生ハナバチ類を採集することができた。 中央アジアから東アジアにかけての世界有数のハナバチ類コレクションを形成したと考えている。これらに加えて米国ニューヨーク国立自然史博物館所蔵の未同定の中央アジア産ハナバチ類標本を借用し、研究を進めている。 現在までに我々の採集品をもとに分類学的研究が進んでいる分類群は、ヒメハナバチ科(Andrena属、Tadauchi et al., 2005,1種; Tadauchi, 2006, 10種、2008,20; Shebl & Tadauchi, 2009,20; Ariana,Tadauchi & Shebl, 2009, 1種)、コハナバチ科(Halictus(Seradonia)亜属, Dawut & Tadauchi, 2000, 2001, 2002, 2003, いずれも中央アジア産種を含むアジア産revison)、ミツバチ科(Nomada, Mitai & Tadauchi, 2008, 25)、ムカシハナバチ科 (Colletes, Kuhlmann, 2009,19)等が印刷公表されており(文献表参照)、今後も順次発表を続ける予定である。 中央アジアではコハナバチ科の個体数が圧倒的に多かったが、種数からみると、ヒメハナバチ属もかなり多いことがわかっている。この属の近隣地域としては、ヨーロッパに近いトルコが最もよく調査されており、131種が報告されている。前述のフェチェンコの探検隊は主にウズベキスタンが中心で、カザフスタンは南部のみを通ったため、カザフスタンからのヒメハナバチ属の記録は少ない。しかし、すでに今回の研究でカザフスタンから120種余りを確認しており、その大部分がカザフスタン新記録である。さらに外国の研究機関からの借用コレクションを加えると、トルコを上回る種数になると思われ、アジア温帯乾燥地域の種多様性の高さを実証できると考えている。 中央アジアは動物地理区上では、旧北区の2亜区にまたがる。 カスピ海から東側の中央アジアの中南部はトルクメン亜区、中央アジア北部とカスピ海から北部にかけてはヨーロッパ・シベリア亜区に属している。我々の調査はすべてトルクメン亜区地域で行った。 これまでの採集品による研究結果では、日本・朝鮮半島・中国などが属する日華亜区とは、広域分布種を除いて共通種は少なく(旧北区全域に分布する13種が共通)、トルクメン亜区特産種が多い。また、ヨーロッパ・シベリア亜区と地中海亜区要素が比較的多く入り込んでいることが明らかになった。